【税制】誰の財布から、誰のために──税の倫理

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【税制】誰の財布から、誰のために──税の倫理

第1章:カミさんの“消費税分、買えなかったじゃない!”

いや〜、この前うちのカミさんがね、スーパーのレジで「あら、また消費税分、買えなかったじゃない!」って、袋詰めしながらぼやいてたんですよ。でもその帰り道には、「福祉のためなら仕方ないのかしらね」ってつぶやくんです。

私ゃねぇ、こういう“諦めの納税”ってやつが一番こたえると思うんですよ。誰も納得してないのに、「しょうがない」で済ませてる。これが今の日本の税風景ってやつですな。

第2章:「福祉のため」と言われれば黙る空気

「社会保障のため」と言われたら、誰も強く反対しづらい。医療、年金、介護、子育て……必要なものです。でも、その“正しさ”の陰に隠れて、使い方のチェックが甘くなってるんじゃありませんかね。

消費税は逆進性の強い税。稼ぎが少ない人ほど負担が重いのに、「公平な税」なんて言われてる。不思議な話ですよ。カミさんが「セール品ばっかり買うようになったわ」って言うたび、私は“税で暮らしが縮んでる”って実感するんです。

第3章:行き過ぎた“集めて配る”モデルの落とし穴

最近はねぇ、とにかく「集められるだけ集めて、配る」ってモデルが幅を利かせてる。給付金、ポイント、補助金……何かってぇと、「政府がくれた」「与党のおかげ」って話になる。

でもその原資、誰の金ですか? 私たちですよ。納税者が汗水垂らして納めた金を、政府が“施し”のように配って、それで「ありがたがれ」って空気が醸されてる。

しかも、その配り方がまた、“声の大きいところ”や“選挙に影響ある層”に偏ってる気がしてならない。選挙前の給付金ラッシュなんて、見え見えじゃありませんかね。

第4章:「税を納めること」は「支配されること」か?

私は思うんですよ、税ってのは「参加すること」なんです。社会の一員として、支え合うための“会費”。でも今の税制は、「取られて終わり」「勝手に使われる」「そのくせ感謝しろ」……これじゃ支配じゃありませんか。

うちのカミさんも、「払うときは義務、もらうときは恩」って感じがイヤだって言ってましたよ。そりゃそうですよ。“自分の金”のはずが、“お上の配分”になってるんだから。

政治家が「我々が配りました」なんて言って拍手されてるのを見るたびに、私は思います。「それ、国民の金ですけど?」ってね。

第5章:税は“取る技術”じゃない、“信頼の仕組み”だ

結局、税ってのは「取る技術」じゃなく、「信頼の仕組み」でなきゃいけないと思うんです。「きちんと集める」だけでなく、「きちんと説明し、納得させる」「きちんと使う」……その一つひとつが、いまの日本ではおざなりになってる。

カミさんが「何に使われてるのか分かんないわ」と言うたびに、私は「そりゃ一番の問題だ」と頷くんです。納税者に見える形で語られ、選ばれ、使われる仕組みがなけりゃ、ただの“収奪”と変わらない。

「行き過ぎた集めて配る」の見直し。これは“改革”じゃなく、“正常化”ですよ。いま必要なのは、“感謝される政治”じゃなく、“納得される税制”なんじゃないですかねぇ。

 


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