米連邦裁、ハーバード大留学生受け入れ資格剥奪を差し止め――東大の受け入れ検討と“平和ボケ”国家の落とし穴

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米連邦裁、ハーバード大留学生受け入れ資格剥奪を差し止め――東大の受け入れ検討と“平和ボケ”国家の落とし穴

カミさんの「学問の自由って本当に自由?」に隠れた矛盾

いや〜、昨日の晩、うちのカミさんがね、テレビ見ながら「アメリカって自由の国なのに、留学生を締め出すなんて…なんか変よねぇ」ってつぶやいてたんですよ。
でもその5分後には、「でもさ、中国って何考えてるか分かんないし、怖いわよねぇ」って言い出すもんだから、私ゃもう箸が止まりましたよ。
どうも「自由と安全」ってやつは、意外と両立しないもんだって話なんでしょうかねぇ…。

さて、ニュースをにぎわせているのが、米ハーバード大学の留学生受け入れ資格を巡る騒ぎ。トランプ政権が「中国人留学生による技術流出の懸念」などを理由に、ハーバードの留学生プログラム資格を剥奪しようとした件です。ボストン連邦地裁が差し止めに動いたのは、アメリカ流の三権分立の面目躍如といったところでしょう。

でも、この話の背後には、「学問の自由」と「安全保障」のせめぎ合いが横たわってるわけですよ。しかもメディア報道は、どうしても「トランプの攻撃性ばかりを面白おかしく取り上げる」って寸法でしてね。私にゃ、どうも腑に落ちないんですよ。

うちのカミさんは「アメリカはなんでも力で押し通すのよ」なんて言ってますが、実際はそう単純じゃない。トランプ政権が神経質になるのも無理はないんです。中国人留学生が最先端技術を学んで持ち帰るリスク、そこには確かに“静かなる侵略”の匂いがする。
ハーバードやMITで学ぶ技術は、ちょっとやそっとの代物じゃありません。人工知能にナノテク、バイオテクノロジーまで、軍事転用可能な知識が山ほどある。アメリカ政府が「安全保障」を重視するのは、むしろ当然なんじゃありませんかねぇ。

ただ、問題はそこにある“正義”が、どれほど冷静に議論されてるかってこと。メディアが「トランプの過激さ」で片づけるから、本質が見えにくくなってるって気がしてね。ま、私にゃ難しい話ですけどねぇ…。

アメリカの安全保障論理と、東大の「理想主義」

この話、日本にとっては他人事じゃないんです。というのも、アメリカが危険視した留学生たちを、今度は「東大が受け入れを検討している」なんて報道も出てる。うちのカミさん曰く、「日本はお人好しねぇ…」って言うんですが、まったくその通りです。

アメリカは「安全保障は学問の自由に優先する」と言わんばかり。ハーバードの件は、いわば「学問の自由の防衛線」と「国家の生存戦略」のせめぎ合いでした。対して日本は、「学問の自由」と聞いただけで、うやうやしく頭を下げる国民性。東大が“受け入れ検討”なんて言い出すのは、アメリカの論理を逆なでするようなものです。

それにしても、なんでこうまで呑気なんでしょうねぇ…。アメリカは「覇権争い」の真っ只中。中国に技術が流れるリスクを何としても防ぎたい。けれど日本は、そんな現実をまるで“学問の純粋な世界”とは関係ないとでも思ってるかのよう。
いやいや、学問の自由は大事です。けどそれは「国家の安全保障と無縁」なんて話じゃない。むしろ、戦略的価値が高い分野ほど「学問の自由」を言い訳にされると、他国の思うツボになっちまうんじゃありませんかねぇ。

いや〜、困ったもんですよ。東大の「理想主義」ってのは立派な建前ですけど、現実の世界じゃ、それが危うい“隙”にもなる。うちのカミさんが「お人好しはいいけど、命まで取られたら笑えないわよ」って言ってましたが、まさにその通りかもしれませんな。

菅政権の任命拒否と「学問の自由」幻想

ところで、東大の話題が出るたびに、私が思い出すのが菅政権時代の「学術会議任命拒否問題」ですよ。
あのときも、メディアは「学問の自由が侵された!」と大合唱。けれど私にゃ、あれがそんな単純な話じゃないように思えるんですよ。

戦後日本の“平和国家幻想”のなかで、学術界ってのは「学問の自由」を楯にして、政府からの独立を誇ってきた。まぁ、それ自体は悪いことじゃないですけどね。
ただ、時代は変わった。サイレントインベージョンの時代には、「平和主義でさえいれば安全」という時代じゃなくなったんです。ところが、東大をはじめとする一部の学者連中は、いまだに「軍事研究に協力しないことこそが正義」なんて言ってる。まるで敗戦直後の亡霊みたいにねぇ…。

任命拒否問題は、「学問の自由vs政治介入」という構図で語られがちですが、私にはむしろ「学問の責任」ってやつがすっぽり抜け落ちてるように見えるんですよ。
戦後の空白、学生運動、そして東大の左翼的価値観の残滓。そういう長い歴史が、日本のアカデミズムを“空気のような正義”で覆ってきた。けれど、アメリカのように現実の安全保障と向き合おうとする視点は、いまだに弱い。

私にゃ専門的なことはよく分かりませんが、「学問の自由」が本当に自由なら、東大だって「国を守る知の営み」をちゃんと議論してもいいはず。けど現実には、「理想主義という麻酔」にかかってるようにしか見えませんなぁ。
うちのカミさんも「なんかおかしくない?」って首をかしげてましたよ。ええ、まさにそれが“庶民の勘”ってやつですわ。

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草の根の違和感こそ、いちばん大事じゃないですかねぇ

うちのカミさんが時々つぶやく「なんか、落ち着かないわねぇ」って言葉、あれが実は日本社会の本音なんじゃないかと思うんですよ。東大やメディアが振りかざす“正義”や“価値観”は、立派に見えるけど、どうにも居心地が悪い。最近は特にね…。
それでも「学問の自由」とか「リベラルな理念」ってやつに押し流されて、声をあげるのを遠慮しちゃう人が多い。保守的な考えや視点でものを見ると、どうにも「右翼的だとか、軍国主義的だとか、差別的だとか」レッテルを貼られて叩かれそうな気がして、ものを言いにくい空気があるんですよ。

これも敗戦後の世論誘導の影響なんでしょうが、いまだに目が覚めてない日本って感じですな。
でも、こういう「草の根からでる自然な違和感」って、本当は大事なんじゃないですかねぇ。東大やメディアのブランドに萎縮せず、「これっておかしくないか?」と堂々と語る勇気。三島由紀夫が命を賭けて見せたように、知性だけじゃなく“魂”の声を大事にする。それができてこそ、自由で民主的な世の中だと思うんですよね…。

ま、私にゃ学問のことなんか難しすぎて分かりませんけどねぇ…。でも、うちのカミさんの「なんか怖いわねぇ」ってぼやきに、案外真実が潜んでる気がするんですよ。いや〜、困ったもんですよねぇ…。

米ハーバード大の留学生問題から見えてくる「東大の理想主義」と、日本の“草の根の違和感”。声をあげる勇気を問い直す、ぼやきの記録です。
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