「財源がない」は嘘っぱちだ:政府与党の“やりくり拒否”症候群を暴く

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「財源がない」は嘘っぱちだ:政府与党の“やりくり拒否”症候群を暴く

第1章|「カミさんの財布」と「政府の勘定」は、どっちが堅実か?

いや〜、今朝カミさんがね、「消費税って福祉のために必要なんでしょ?」なんて言うもんだからねぇ。

でもね、知ってます?

消費税が福祉のための財源だって思いこまされてますけど、それ嘘ですからね。

それはさておき、うちのカミさん、5分後には、こう言ってました。

「今日買い物行ったんだけど、消費税分で牛乳が買えなかったわ!」ってご立腹で。

……まったく、女の勘定感覚ってのは侮れないもんですよ。

でね、そういう庶民のやりくりに比べて、どうも腑に落ちないのが「財源がない」って政府の言い草なんですな。

減税の話が出るたびに「財源が…」と眉間にシワを寄せる与党政治家たち。

でも私は、こう思うんです――それ、本当に“ない”んですか?

財源っていうのは、元をたどれば“国民が納得して払った税金”のこと。

つまり、「これだけなら出しましょう」っていう合意の最大値なわけです。

ところが今の政治ってのは、それをまるっと無視して、「こんだけ使いたいんだけど、足りないんだよねぇ」って順番で話を始めてるんです。

これがまた、なんとも納得いかない話でして。

たとえば、カミさんが「来月はディナーでフレンチ食べたいの」って言い出して、私の財布を見て「え、全然足りないじゃない!」って言い出すようなもんですよ。

足りないんじゃなくて、最初から“それほどの予算じゃない”だけなのにねぇ。

政府がやってるのは、まさにこれ。

予算編成の“順番のすり替え”でしかないんです。

第2章|財源という名の“魔法の言葉”──予算の詭弁術

さて、私の長年の勘から言わせてもらうと、「財源がない」ってセリフは、ほぼ自動詞のように使われてますな。

まるで、財源ってのはどこか遠くにある“財宝の壺”で、今は空っぽなんだって。

でも実際は違います。

家計や会社なら、収入が減れば支出を見直す。

これが常識。

カミさんも、パートが減った日は真っ先に晩酌の焼酎を見直すわけです。

ええ、私はその余波で“発泡酒”に降格ですが。

じゃあなぜ、国だけが“使いたい額”を先に決めて、「だからもっと取る」なんて言えるんでしょう?

勤めている会社に、「車を買うので給料増やしてください。」なんて通用します?

ここで注目すべきは、「税収が減った」→「財源がない」→「だから増税」という“自作自演の三段活用”です。

まるで、金が足りないからって隣家に勝手に入り、「うちの冷蔵庫が空なんで、ちょっと分けてくれ」と言ってるようなもんですよ。

それ、ただの押し入りです。

たとえ国家だって、本来なら「入ってきたお金でやりくりする」べきだと思いませんか?

「もう、これ以上は出せないよ」って言っている相手から、“こっちが使う予定があるんだから、こっちが決めた額はしっかり取る”ってのは、もはや近代国家の体を成してません。

日本国憲法の「納税の義務」の範囲を超えてないか?とすら思いますよ。

第3章|「身の丈」論が通じない政府与党は、信頼されない

カミさんによく言われるんです。「いつまでそんな贅沢な葉巻吸ってんのよ。身の丈に合った生活ってのがあるでしょ!」って。

分相応ってやつですな。

耳が痛い話です。笑

じゃあ、日本の政府与党はどうでしょうか。

「自己責任」だの「節約」だのと、国民にだけ押しつけておいて、自分たちは予算の削減には手をつけず、国民が「税負担がきつすぎ!」と不満が高まってくると、“点滴のようなバラマキ”で場当たり的にごまかす。

で、最後にこう言うんですよ。

「沢山お金を配ったから、財政状況がよろしくない。他国よりも悪い。」って嘘までついて。

……まったく、困ったもんですよねぇ。

そもそも財政ってのは、「この収入で何ができるか」を考えるもんです。

商売だってそうでしょ。

売上減ってるのに、仕入れだけ増やしたりできませんよ。

収益が下がったら、仕入れを減らす、経費削減、人員整理、無駄の見直し――それでも赤字なら事業の見直しです。

ところが、売上は下がってるのに、政府は仕入れも経費も増やす一方。

“注文がなくても納品して代金徴収だ”という、まるで行政の”押し売り”ですよ。

人によって何が”押し売り行政”なのかは、意見が分かれるところでしょうけど、まぁそこは今回は触れません。

第4章|私の断言:「財源がない」は“徴収主義政府”の言い訳である

さて、ここまで語ってきたことをまとめますとね、「財源がない」というセリフには、三つの問題があるんです。

  • 財源の定義を“自分たちが欲しい予算”にすり替えている
  • 予算設計の順序を逆転させて“足りない=取る”を正当化している
  • 国民にだけ「節約」を求め、政府与党自身は倹約しようとしない

これらはすべて、“徴収ありき”の政治構造の産物です。

つまり、政府は「収入を増やす努力」ではなく、「取り立てを正当化する言葉」に頼ってるわけですな。

でも私は、こう思うんです。

国民が納得して出した税金こそが「財源」であり、それ以上の支出を望むなら、まず“納得のいく説明”と説得が必要だ、と。

納得のいく説明というのは、「ここをこう見直して予算整理したけれど、どうにもこれだけ足りない。これ支出を削れば、国家が成り立たない。

なんとか足りない分を国民に協力してほしい。」くらいの説明ですよ。

単に「財源がない」と言われただけだったら、私たちはこう返したくもなるってもんですよ。

「じゃあ、うちの冷蔵庫から何を取るおつもりですか?」ってね。

「財源がない」って本当か?国民は”収入に見合った暮らし”をする。国家もまた“収入に見合った暮らし”をすべき存在。”行政の押し売り”にNOを突きつけよう。

#財政の詭弁 #減税論 #国家の身の丈 #トレンチ警部補が日本を斬る

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