第1章:給付金がもたらす一瞬の温もりに騙されるな
Embed from Getty Imagesいや〜、今朝カミさんがね、「2万円くれるなんて、日本って優しい国よねぇ」なんて言ってたんですよ。
ところがその5分後には「でもあんた、この前の電気代見た?うちは赤字よ!」と嘆き節。
……まったく、財布の中身と政策の温度差ってやつは、年々ひどくなるばかりです。
石破総理がぶち上げた“全員2万円、子どもにはさらに2万円”という現金給付案。
どう見ても参議院選挙を前にしてのド派手なバラマキ選挙対策だと批判が集まっておりますな。
一見、非課税世帯や子育て家庭にとっては、即効性のある支援に見えます。
が、街の声を拾えば、喜びよりも「でも減税の方が……」という溜息が目立つんですよ。
19歳の大学生は「2万円もらっても、すぐ変わるわけじゃない。消費税を変えた方がいいかな」と話し、30代の母親は「保育料も税金も取られて、お金がずっと吸われてる感じがする」と言う。
ここでもう一つ、重要な視点があります。
給付金が市場に循環すると、また物価が上がるんです。
受け取った瞬間は“得した”と感じても、結局それが全体の物価を押し上げ、いずれはその2万円以上の出費増となって返ってくる。
あれ?この給付金、物価高対策なんじゃないの? ……という皮肉が、現実になる。
私は、この現象を「焼け石に油」と呼びたい。
目の前の火を消すつもりで撒いた水が、実は油で、逆に火勢を強めてしまう。
そんな構造が、ここにはあるんです。
──ここに、この国の政治不信と生活不安の根深さが滲んでいると、私は思うんです。
第2章:給付金の「善意」とその裏側にある構造的な病
石破総理は「これはバラマキではない。困っている方々への重点的な支援である」と強調しています。
内容は以下のとおり:
- 全ての国民に一律2万円
- 子ども1人につき追加で2万円
- 非課税世帯の大人にさらに2万円
この給付で想定される予算規模は約3兆円台半ば。財源は「税収の上振れ分」などを活用し、赤字国債は発行しないと説明されています。
しかし、この構造には重大な問題があります。
第一に、短期的インパクトに偏り、長期の安心を生まないこと。
第二に、財務省を頂点とする“再配分の裁量構造”を温存することです。
この国の財政構造は、こうです:
- 国民が収めた税金が一度、国庫に集中
- 各省庁が“政策”という名目で予算要求
- 財務省が“査定”という名の支配を行い、与党政治家が“地元向け配分”で票を得る
こうして生まれるのが、“配分の利権”です。政治家と官僚が「どこに、いくら、誰に」配るかを握る限り、そこには必ず“配る側にとってのメリット”が生じる。
現金給付という行為は、この構造を補強してしまう。
だからこそ、いくら善意で包んでも、その根は「政治の肥大化」にあるんです。
第3章:減税というもうひとつの選択肢──なぜ政府は口を閉ざすのか
給付金に代わる現実的な選択肢、それが「減税」です。
特に、生活直結の食品消費税をゼロにする案は、即効性と持続性を兼ね備えた政策です。
しかも、インフレリスクを抑えつつ、最も困窮した層に直接恩恵が届きやすい。
データを見てみましょう:
- 食品消費税ゼロにした場合、年間の税収減は約4〜5兆円。
- しかし2024年度、税収は前年比で3兆円の上振れ(財務省発表)。
- よって実質の“追加的財源必要額”は1〜2兆円程度に圧縮可能。
この規模であれば、減税による家計可処分所得の増加 → 消費拡大 → 企業収益増 → 法人税・所得税の増収 という好循環により、むしろ税収は回復する可能性が高い。
にもかかわらず、なぜ政府は減税にここまで消極的なのか。
それは、減税が「差配できない政策」だからです。
- 誰にいくら、という裁量がない
- 利権が生まれない
- 官僚も政治家も「得」がない
だから、国民にとっては得でも、政治にとっては“うま味がない”。
それが、減税が遠ざけられる最大の理由です。
第4章:減税が暴く、政治家と官僚の“利得の回路”
私はこう考えます。
給付金という制度は、“一度、国民から吸い上げた金”を、“誰にどれだけ戻すか”を通じて、政治的影響力を行使する仕組みです。
それが何度も繰り返されればどうなるか。配る側には“力”が生まれ、受け取る側には“依存”が根付きます。これが、いわゆる“バラマキ政治”の本質です。
しかしこの構造には、もっと深くて厄介な“利得の回路”が隠れています。
まず、政治家にとって最大の“うまみ”は、「政治家であり続けること」そのものです。議員歳費や政党交付金は言うまでもなく、「国会議員先生」という権威・名誉・信用は、選挙での生存戦略そのもの。
税金を集め、配るという構造は、政治家にとって「地元への利益誘導」という“実績”を作り出す装置になります。「あの補助金を引っ張ってきた」「この地域に支援金を届けた」——これが次の選挙に直結する。
そして、政治家であることが“目的化”すればどうなるか。
- 憲法改正、安全保障、原子力政策といった国家に不可欠な長期課題にはフタをする
- 一方で、SDGs、LGBT、再エネ、ワクチン、移民など、“外圧”や党方針に流されやすい短期テーマには、安易に賛成してしまう
つまり、“国家のための政治”ではなく、“自分のための政治”が蔓延する。
一方、財務官僚の世界にも同じような“構造的動機”が潜んでいます。
彼らは高学歴で入省しても、給与は民間より安く、過重労働の中で「出世」と「天下り」が最大の報酬構造になっている。
財務省で出世するためには、税収を増やすこと。そして、巨額の予算をコントロールすることで、将来の天下り先への影響力を強めること。
そのためには、「税金の使い道を差配できる権限」を維持しなければならない。
つまり、税を集め、予算を差配する構造は、官僚にとっても“利得の源泉”であり、その構造を守るために、「財務省に都合の良い政治家」を育てる、あるいは懐柔する。そうして、利益誘導型の政策が量産されていく。
このようにして、霞が関と永田町の一部が利得を独占し、国民はその“副作用”を負わされる構造ができあがるわけです。
第5章:「減税」は腐敗構造を断つ解毒剤である
では、どうするか。
ここで登場するのが、「減税」という選択肢です。
- 最初から取りすぎない
- 政治家が配るふりをできない
- 財務官僚が差配できない
- 利権が生まれない
- 恩恵が広く平等に届き、行政コストも低い
つまり、減税とは、「政治が手を出せない領域を増やすこと」であり、構造そのものを変える手段なのです。
ですから私は、こう断言します。
「減税は、経済政策であると同時に、政治腐敗を断つ構造改革の第一歩である」
そして今こそ、私たちはこう声をあげるべきです。
「ありがとう2万円」ではなく、「最初から取りすぎるな」
まったく、配るふりをして得する側の顔ぶれを見れば、この国の病の深さがよう見えてきますよ。
私はこう考えます。
給付金という制度は、“一度、国民から吸い上げた金”を、“誰にどれだけ戻すか”を通じて、政治的影響力を行使する仕組みです。
それが何度も繰り返されればどうなるか。配る側には“力”が生まれ、受け取る側には“依存”が根付く。これが、いわゆる“バラマキ政治”の本質です。
一方、減税はどうか。
- 最初から取りすぎない
- 政治家が関与できない
- 恩恵が広く分散され、平等
- 行政コストが極端に低い
これこそが、真に公平で、構造的に健全な政策です。
ですから私は、こう断言します。
「減税は、経済政策であると同時に、政治腐敗を断つ構造改革である」
そして、今こそ私たちは、こう声をあげるべきなんです。
「ありがとう2万円」ではなく、「最初から取りすぎるな」
まったく、配るふりをして得する側の顔ぶれを見れば、この国の病の深さがよう見えてきますよ。
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「2万円給付」に隠された構造的利権──いま必要なのは“減税”という構造改革。政治の本質にメスを入れる。
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