「終戦の詔書」が託したもの──不戦と不敗のはざまで

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「終戦の詔書」が託したもの──不戦と不敗のはざまで

いや〜、今朝カミさんがね、「9条があるから日本は平和なのよ」なんて言ってたんですよ 。

でもその5分後には、「最近、外国からの人がホント増えたわよね。なんだか日本人のこっちが肩身狭い気になっちゃうわ。でも、せっかく来てくれたんだから、歓迎しなきゃね!」って。

……結局のところ、この国の平和観って、ただ“茹でガエルになるのを待つ”みたいなもんになっちゃってるんじゃないか。

私ゃ、終戦の詔書を何度も読み返してきました。あれは単なる降伏宣言じゃない。戦わぬことを誓っただけじゃない。「負けても立ち上がる」覚悟──いわば“不戦不敗”の誓いが込められていたはずなんですよ。

それが、いつの間にか「負けてもいいから戦わない」という、腰の引けた空気にすり替わっていやしませんかねぇ。

その隙をつくように、様々な悪意が忍び込みつつある。

今の日本には、そんな危うさを感じますよ。

第一章 詔書が語った“二つの誓い”

1945年8月15日、昭和天皇は玉音放送で終戦の詔を国民に告げました。

そこには「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び…」という有名な一節がありますが、私が大事だと思うのはその後の文脈です。

「萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス(万世のために太平を開かんと欲す)」

あの詔書は、戦いをやめることで国土と国民を守る──それと同時に、将来の再起を視野に入れていた。

つまり、不戦は単なる降伏ではなく、“次代への布石”だったはず。

国際社会で生き延びるためには、二度と戦争をしない覚悟と、負けたあとに立ち上がる覚悟の、両方が必要だったということです。

昭和天皇はそこをわざわざ明記して、国民に示されたわけです。

第二章 いま広がる「負けてもいい」の空気

ところがですよ。現代の日本に漂っている空気は、その両輪が外れかかっている。

「戦わない」は強調されるけど、「立ち上がる」の方はすっぽり抜け落ちている。

下手すると、「どうせ勝てないから、最初から戦わない」って思考にまで行ってしまう。

防衛や安全保障の話になると、カミさんみたいに 「軍隊なんて持ったら戦争になる」って言う人は多い。

でも災害が起きたら「自衛隊は頼りになるわねぇ」と称賛する。

この矛盾が、国家としての覚悟を削っているように見えて仕方ないんですよ。

しかしねぇ、こっちがいくら「戦わない」って言ったところで、相手さんが待ってくれるとは限らないんですよ。

第三章 “不戦不敗”を支える条件

本来、不戦不敗ってのは、ただ武器を置いて手を挙げることじゃない。

外交力、経済力、国民の結束──そういう“戦わずして負けない”、つまり相手に付け入る隙を与えないための基盤を築くことが前提です。

昭和天皇の詔書は、そこまでを視野に入れていたからこそ説得力があった。

しかし戦後の日本は、終戦の詔書に刻まれた覚悟を上書きし、平和憲法のもと『守られる』ことを当然としてしまった。

結果として、戦わない覚悟は磨かれたけれど、負けない覚悟は削がれてしまった。

その歪みが、今の「負けてもいいから戦わない」空気に直結していると、私は見ています 。

第四章 私の断言──覚悟を取り戻すとき

私はこう思うんです。

戦後は終戦の日、昭和20年8月15日に始まった。

そして、それは今も続いている。

終戦の詔書は、単に「もう戦わない」と言ったのではない。

「戦わずして負けない国になる」ことを求めたんだと。

もしこの国がその覚悟を忘れるなら、不戦はやがて“不戦即敗”になる。

それは昭和天皇が望んだ未来じゃない。

だからこそ、今こそ“不戦不敗”の本来の意味を取り戻すべきだ、と。

詔書の最後のくだりには

「擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總カヲ将來ノ建設ニ傾ケ(国を挙げて一家のようにまとまり、子孫に至るまで、神州(日本)の不滅を信じ、使命の重さと道の遠さを心に刻み、総力を将来の建設に注ぎなさい。)」

とある。

──昭和天皇が示された戒めと誓いを、私たちは今も背負っているはずなのだ。

終戦ノ詔書(昭和二十年八月十四日)

 朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

 朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宜言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

 抑々帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所嚢ニ米英二國ニ宣戦セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已二四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ盡セルニ拘ラス戦局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ是レ朕カ帯國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ

 朕ハ帝國ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協カセル諸盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝國臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦樋ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

 朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總カヲ将來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

終戦の詔書(現代語訳)

私は、世界の情勢と我が国の現状を深く考え、非常の決断によって事態を収めようとし、ここに忠実で誠実な国民に告げます。

私は、帝国政府に命じ、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の四か国に対し、共同宣言(ポツダム宣言)を受け入れる旨を通告させました。

もともと、国民の安泰をはかり、すべての国々と栄えを共にすることは、歴代天皇の遺訓であり、私が常に心から願ってきたことです。

アメリカ・イギリスの二国に宣戦した理由も、実に我が国の自存と東アジアの安定を望むものであって、他国の主権を奪い、領土を侵すことは、もとより私の本意ではありません。

しかし、戦争はすでに四年を経過し、陸海軍将兵の勇敢な戦い、官僚たちの努力、国民一億の奉公、それぞれが最善を尽くしたにもかかわらず、戦況は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我が国に有利とはなりません。

加えて敵は、新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を用い、たびたび罪なき人々を殺傷し、その惨状はまことに計り知れないものとなりました。

なお戦争を続けるならば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明までも破壊してしまうでしょう。

このような事態となっては、私はどうして億兆の国民を守り、歴代天皇の御霊にお応えできるでしょうか。

これが、私が政府に命じて共同宣言を受け入れさせるに至った理由です。

私は、帝国と共に東アジアの解放に協力してきた諸同盟国に対して、遺憾の意を表さざるを得ません。

また、戦場で命を落とした者、職務を守って倒れた者、不慮の災禍で亡くなった者、その遺族に思いを致すとき、胸は張り裂ける思いです。

さらに、負傷し、災害を受け、家業を失った者の生活についても、私は深く心を痛めています。

思うに、これから我が国が受ける苦難は、並大抵ではありません。

国民の心情も、私はよく理解しています。

しかし私は、時運の流れに従い、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、もって万世のために太平を開こうと願うものです。

私は、ここに国体を護持し得たことを喜び、忠実な国民の真心を信じ、常に国民と共にあります。

もし、感情のままに軽々しく騒動を起こし、同胞を排斥し合い、時局を乱し、道義を誤り、世界の信頼を失うようなことがあってはなりません。

国を挙げて一家のようにまとまり、子孫に至るまで、神州(日本)の不滅を信じ、使命の重さと道の遠さを心に刻み、総力を将来の建設に注ぎなさい。

道義を厚くし、志を固く保ち、必ず国体の精華を発揚し、世界の進運に遅れをとらぬことを期してほしい。

国民よ、よく私の意を汲み取りなさい。

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