第一章:数字は語らない。語らせるのは“視点”だ。
いや〜、今朝カミさんがね、「最近のニュース、外国人の犯罪ってあんまり聞かないわねぇ」なんて言ってたんですよ。
でもその3分後には「近所で外国の人が増えて、ちょっと不安なのよねぇ」とも言ってた。
……まったく、現実と印象のズレってやつは、年々ひどくなってる気がしますよ。
さて、日本における「外国人犯罪」、これがまた厄介な話でして。
法務省の検察統計なんかを見ますと、「受理件数は横ばいか減少」「不起訴率は日本人より高い」なんて出てきます。
見た目には、治安は安定している──そう思えてしまう。
でもね、私はこう思うんですよ。
それって、“ちゃんと事件化されたものだけ”の話じゃないか?って。
そう、“統計に現れない犯罪”──通称「ダークフィギュア(Dark Figure)」の存在。
つまり、検挙されず、不起訴で終わり、社会の記憶からも消える事件たち。
これがね、じわじわと、まるで地層のように積み上がってるんです。
数字は語る。でも、何を語らせるかは“視点”次第なんですよ。
第二章:検挙数が伸びないワケ──プロファイリング批判の“萎縮効果”
近年、警察の現場ではちょっとした変化が起きてます。
それが、「外国人狙いの職質」への強烈な批判。
米国大使館は2021年、「在日外国人が不当に職務質問を受けている」と公式に声明。
国連の人種差別撤廃委員会も、日本に是正を勧告。
そして2024年には、ついに外国ルーツの市民が「差別的な職質は違憲だ」として訴訟に踏み切った。
警察庁は、これを受けて現場への指導を強化。
でもねぇ、その裏で起きてることがあるんですよ──
それが「見た目で判断するな」という“正義”がもたらす、現場の萎縮です。
プロファイリングができない。余罪を掘り起こす余裕もなくなる。
そうなるとどうなるか──
“軽微な犯罪”や“兆候レベルの違和感”が、取り締まられなくなるんですよ。
これじゃあ、事件の“芽”を摘むことができない。
「見えない犯罪」は、こうして日々、育っていくわけです。
第三章:不起訴率という“魔法の消しゴム”
じゃあ、検挙された場合はどうなるのか。
ここでもまた、構造的な“消失”が起きてるんですな。
以下、ご覧ください。
| 年度 | 外国人 不起訴率 | 日本人 不起訴率 |
|---|---|---|
| 2006 | 44.7% | 49.1% |
| 2015 | 56.5% | 56.4% |
| 2023 | 58.9% | 60.5% |
どうです?
外国人の不起訴率は2006年の44.7%から、2023年には58.9%まで上昇。
これ、立派な“増加傾向”ですよ。
なのに、検挙数は増えていない。
これ、どういうことか──
→ 起訴されず、裁判にもならず、報道もされず、「事件化しない事件」が増えているということなんですよ。
なぜ不起訴なのか?
理由のひとつは「国外退去で社会的制裁は済んだ」
あるいは「翻訳や手続きのコストが高い」「定住性が低く裁判に不向き」──
つまり、“行政的な都合”で起訴を見送ってるってことです。
これ、不起訴という名の“魔法の消しゴム”ですよ。
記録にも残らず、社会的議論も生まれない。
まったく、都合のいい話でして。
第四章:「減っていない」のに「見えなくなる」──制度の限界
ここまでをまとめると、外国人犯罪は──
- 警察段階では「萎縮による見逃し」
- 検察段階では「不起訴による統計からの消去」
この“二重の不可視化”で、実際の治安と統計上の数字がどんどん乖離してる。
でもね、国会議員も有識者も、数字しか見ない。
「治安は悪化していない」と、平然と口にする。
──でも、現場は違うんです。
交番で、小さな異変を察知する巡査。
検察で、報告書に違和感を覚える事務官。
そういう“小さな声”が、もうすでに危機を訴えてる。
でもね、そういう声は、統計には決して表れないんですよ。
結論
「外国人犯罪が減っている」──そんなのは、数字の中の話だ。
でも、私たちが守るべき治安ってのは、“取り締まれるかどうか”で決まるんです。
人権意識は必要だ。
でもそれが、過剰な“萎縮”を生んで、本来守るべき国民の安全が見えなくなってないか?
──それが、今日のわたしの捜査メモ最終行です。