Jinmas chips

無知は罪なり、知は空虚なり、英知もつもの英雄なり
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来春、保育園の制度が変更になることをご存知ですか?

「子ども・子育て支援新制度」というのが本格施行にむけて準備がすすんでいます。
全国の保育園で働く保育士さんたちは一斉に反対の声をあげ、署名活動などの懸命な運動にもかかわらず当事者無視の行政によって制度が変えられようとしているのです。

事の経緯は国家の税収入減と少子化、そして貧富差の拡大に端を発しています。
幼稚園が入園希望者の減少で廃園せざるを得なっていく一方で、保育所への入園希望は増え収容できずに待機児童が増すばかり。
限られた福祉予算でこの状況に対応しきれない状況が発生し、いっそ幼稚園と保育園を一緒にしちゃって「幼稚園廃園と待機児童問題を一挙に解決」というビジョンで法制化されたのが認定こども園制度というわけです。

国が「子供の面倒を見る」ことに福祉では対応しきれないため、市場原理を導入し民営保育市場を形成することで解決を図ろうとしたのですが、無理が生じて修正を重ねた結果、非常に複雑化しまいました。

なので、ボクなりにできるだけシンプルに問題を考えたいと思います。(間違ってるところがあったらゴメンなさい)

思うに一番問題なのはこの案が立案された際に、市町村が家庭の事情で保育が必要となる子供を保育する義務が謳われた「児童福祉法24条1項」が削除されそうになったことです。
つまり市町村は保育園に予算を割かなくてよいと法改正されようとしていました。
これに反対した保育関係者たちが全国で声をあけ、首の皮一枚で市町村の保育実施義務が残されることとなりました。

もし、保育園が民営で運営されるとなると、需要過多の状況となり保育料が高くなることが予想されます。
家計が厳しい家庭ほど保育園に子供を見てもらえないという事態が発生する可能性があります。

保育してもらえないということは、働きに出られない訳ですから家計はたちまち紛糾し貧困が広がります。
あるいは働くために子供を作らない、というとんでもない悪循環が発生する可能性があるというわけです。

これマズイでしょ。なんでこんな法改正しようとしてるの?ってお話です。

こうした背景には、これらを審議する議員さんたちの現状理解が不足しているということが多分にあるんじゃないでしょうか。

年齢的にも所得的にも、保育所に子供を預ける議員さんはいないんじゃないでしょうか。いたとしても少数派でしょうから、議事内容としても重要視されにくく、なかなか親身になって考えてもらいにくい。
結局、現状理解がなければ積極的な政策の優先順位として高く掲げられないということになっちゃう。

いや、それだけではないですね。
有権者全体での問題認知が低すぎるんだと思います。

有権者の中でこの問題に目を向けられるのは、5歳以下の子供を持つ家庭の人達だけだというのが現状なのではないでしょうか。

更に認知が上がらない原因として、何が問題なのかが非常にわかりづらくなってしまった、ということがあると思います。

この問題を主張し訴える中心となっているのが保育士たちの労働組合なのですが、問題の性質上(というか元からかもしれませんが)、左翼政党と歩調を合わせて取り組むことになってるように思います。

その結果、他の政治問題もいろいろごっちゃ混ぜにし、あれも反対これも反対と運動しちゃってるんです。

憲法9条改正反対
消費増税反対
原発再稼働反対
自虐史観ベースの平和思想
そして保育問題

こうなると、保育園と関わりの薄い有権者(これが圧倒的に多数)が、こうした様々な問題の中から保育問題を取り上げ目を向けるのは難しくなります。

更には純粋な保育士たちの訴えもフィルターをかけて見られてしまいます。

実は私も息子を保育園に預けてます。そこには保護者会というのがありまして、持ち回りで保育所のお手伝い仕事を分担するんですが、今年はこの保育問題に取り組む係を担当しています。

この保育問題についての保育士さんたちの主張にはまったく異論なく賛同するし署名も進んでしたいと思っています。
しかし、労働組合の主張には相容れない点が多々有って労働組合の運動を手伝う気にはなれないんです。

近々、某駅前で署名活動を実施するので保護者に対して応援を要請されています。

何故この衆院選挙前に?
これでは保育問題を名目にした左翼政党の応援活動ではないですか?
結局は処遇改善を求める労働問題なん?

そうじゃない善意の活動だとしても、結局左翼政党と同じ主張をするわけですから、間接的に応援することになっちゃいますよね。

そんな勘ぐりする自分がイヤなんですが、そう思っちゃいます。

2011年に保護者会の会長を担当したことがあります。

その仕事のために店番できるスタッフをおく必要が発生し,30万円弱も人件費が上がってしまいました。当然私達は同額の収入が減ったわけです。

子供たちが健やかに保育園生活を送るためのお仕事であり、そうした出費は無駄にはなってないだろう。そう信じています。

その保護者会の活動に、知らず知らずであっても左翼政党を支援するようなことを要請されると、釈然としない複雑な心情を発生するんです。

もちろん、この署名活動も有志参加なので義務はないのですが、保育問題を担当する私としては署名が多く集まるように協力せねばという責任も感じます。

園長先生をはじめ保育士の先生たちの保育姿勢は感動するほどに献身的で家族そろって心から感謝する気持ちでいっぱいです。

先生たちの力になれることはしたい気持ちと、左翼政党への応援を求められているような気がして、ハイハイと二つ返事できない気持ちに挟まれて、実に困った気持ちになります。

そして、考える。

そして思い至る。

これは政治思想の左右の問題ではない。
全ての政治家が政策として明確な姿勢を表明すべき、国家の根幹に関わる重大な問題だ。
ジャンクな情報が溢れかえった今の社会では、大きな声でいくら叫んでも、誰の耳にも入らない。
発信の仕方を誤まれば伝わるどころか曲解され誤解を招くこととなる。
ボクは今この問題は、誤解のスパイラルに陥っていると思う。

聞いてくれる人に話すほうが楽だから。

主張をシンプルに解りやすくし、共感を得られるような手法を探し求め、主義主張を越えて問題意識を共有すべきなんです。

そのために、まずはやるべきは左翼政党のみと歩調を合わせているように思える点を見直すこと。

そして、主張を1つに絞ることで、問題を解りやすく、そして広く知ってもらう。

ボク個人の考えとしては訴えるのは一行一点だけでいいと思っています。

「市町村は福祉保育義務を守り、保育環境の整備充実を図るべき。」

他の政治問題は一切主張しない。

そして、労働組合的な運動手法をとらず、ムーブメントを巻き起こす仕組み・仕掛けを考えていけばきっともっと多くの人が耳を傾けてくれるんじゃないかな。

例えば、私の周りには子をもつミュージシャンが沢山います。
きっとこの問題を共有できるミュージシャンも多いはず。そういうミュージシャンが中心となって、「保育の充実」というテーマで全国で自由にライブやコンサートを同時開催する。どこでやってもいいし、ジャンルはなんでもいい。そんな日を作るんです。

「ブルース・ブラザーズの日」として大人も子供もサングラスと黒スーツでブルースやるのも面白い。

ブルースブラザーズ
バンド活動で育った孤児院を救った映画「ブルース・ブラザーズ」

「保育の充実」を掲げて全国同時開催でジョギングする日なんてのもいいかもしれない。シンボルカラーを決めてそれを身につけジョギングするだけで、表現につなげられるようなアクション。

上にも書きましたが、この問題は政治思想が右とか左とかいう事を越えて多くの人が共有し、そして繋がれると思うんです。

なのに他の政治問題も一緒に語ってしまうから、運動組織そのものが左右二極化した政治状況に流されてしまい、そして福祉充実を謳う少数左派に吸収されてしまう。

これでは対立構造を助長させるだけなんです。
子供たちの未来を考えるのに、右左そんなの持ち込んじゃぁイカンですよ。

だから提案します。

他の政治問題を一切一緒に語らないことで純粋な「子供たちが健やかに成長できる環境」を目指したらどうかと。

「無知は罪なり、知は空虚なり、英知もつもの英雄なり」とはソクラテスの言葉です。

だれもがこの問題に対し、無知であり空虚な知である今の壁を越え、英知もつ英雄なれればいいと思うんです。

追記)
カフェジンタでこの「保育環境の整備充実」を求める署名を集めています。
ご賛同いただける方は是非ご協力よろしくお願いします。

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