Jinmas chips

いつか自由に Someday we’ll all be free
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先日のブログで2/7に自分が再デビューライブをしたレポートを書いたのですが、この日実はもう一人ライブデビューを果たした人がいます。

ジャジャーン、若干6歳の My Son 息子です。

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彼の演奏曲は「コンドルは飛んでいく」です。
楽器はペルーの民族楽器でケーナという縦笛です。

僕達のステージのあと、対バンさんの準備するまでの空き時間に皆さんに練習の成果を披露させていただきました。

演奏と言っても実はBGMに曲を流して、それに合わせて音を出すだけです。(持ってる楽器はケーナなんですが、これ音出すだけでも難しくて、僕は音を鳴らせません。)
リズムは合ってるんですが、音程は彼の感覚で適当です。まぁ良く言えばアドリブということになりますが…。笑

でも、皆さんあたたかく見守ってくださり、本人も満悦のようでした。

実は僕はこの息子の選曲に、誇らしく感じ、とっても感動してました。

1970年にサイモン&ガーファンクルのカバーで有名になったこの曲はアンデスの先住民たちの苦悩を象徴する曲、もともと歌劇で使用された楽曲が時代を経て、僕達の知っているあのメロディーとして今は親しまれているというところです。

アンデスの先住民といえばスペインの征服者ピサロに滅ぼされたインカ文明のことを連想します。
インカ帝国がスペインに滅ぼされたのは1533年のことで、当時の世界情勢はというとヨーロッパ人が航海を重ね世界中に覇権を広げ有色人種を力で制圧していった時代でした。

知られてませんが、当時の日本もこの脅威に脅かされていました。詳しく知りたい方は「豐臣秀吉 スペイン総督」でググってみてくださいね。

それはさておき、アンデス先住民、アメリカ先住民の尊敬するところは服従より、名誉を尊び屈することなく戦ったことです。抵抗すれば皆殺しにされる、屈服すれば奴隷として人とも言えぬ扱いを受ける。そうした中で彼らは名誉を尊ぶことを選び戦った。
「コンドルは飛んでいく」にはそうした精神性を歌に含んでいると僕は思います。

このライブの日、僕は「Someday we’ll all be free」という曲を歌いました。ダニー・ハサウェイの曲で、娘レイラ・ハサウェイに伝えるメッセージソングです。
この曲は、長く服従に甘んじてきたアフリカ系アメリカ人がついに立ち上がった公民権運動の象徴的存在を描いた映画「マルコムX」で、そのマルコムXが殺害されるシーンのBGMとして、アレサ・フランクリンがこの曲をゴスペルチューンで歌った名曲中の名曲です。

この「マルコムX」という映画を見る度に涙が出ます。
話はすこし飛びますが、僕の祖父は国鉄の職員だったのですが、1941年にフィリピンに行きました。どのような気持ちで、どのような考えで、戦地に赴いたのか。戦死することなく帰還した祖父ですが、残念ながら僕が幼い頃に亡くなったので、そうした話は聞けずじまいです。

今、Jintaには祖父がフィリピンから持って帰ってきたネイティブ・アメリカン像があります。僕が10年前CafeJintaをオープンする際に、叔父からこの像を形見として譲り受けました。

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とっても悲しげな表情のネイティブ・アメリカン像。祖父がこの像の裏に「1941年 比島ルソン島 イゴロット族彫り」と記しています。

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イゴロット族というのはフィリピンの原住民なんです。
なぜそのイゴロット族が、支配側のヨーロッパ人がかつて征服した別大陸の、アメリカ先住民族の像を彫ったのか。
それもこのような怨念に満ちた悲しげな表情で。
しかも、この像は実は灰皿として使えるようになっており、火の付いたタバコを灰皿の上に置くとこのアメリカ先住民がどのように見えるのかは容易に想像がつきます。もちろん僕はそんな悪趣味なことはしませんが…。

この形見を見れば見るほど、人類の歴史で何が起こってきたのか、これからを生きる我々と子どもたちはどうすべきなのかを考えます。

今、僕等は自由であるかのように思えます。自由だと思えば自由だし、不自由だと思えば不自由という感じでしょうか。

だけど、本当の自由というのは、まだ実現されていないんだと僕は思うんです。

未だ人類は誰一人として、本当の自由を経験していないのではないかと。。。

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