先日のことなんですが、僕の両親がルーツ巡りの旅をしてきました。
目的地は愛媛県宇和島市。
まったく知らなかったのですが、僕の曽祖父は禅寺の和尚さんだったそうです。
お寺はもうなくなったそうですが、愛媛の宇和島にあった臨済宗妙心寺派妙泉寺というお寺で、そこで住職をしていたとのこと。
僕にとっては妙心寺といえば通学路でした。JRの花園駅で下車して20分ほど歩いて立命館大学の衣笠キャンパスまで通った懐かしの通学路。毎朝夕に妙心寺の境内を通ったものです。今思えばなんとも風流な通学路ですが、その景色に目を向けることはなかったなぁ、若くて無知だったんだなぁと思います。
それはさておき、僕は以前こんな記事やこんな記事を書いていました。
不思議なもんです。これらの記事を読むと知らず知らずに「何か」を探し求めてる自分に気づきます。
いや、むしろこのブログ全体、更にはCafeJintaのサイトでさえも、「何か」を探し求めようとしていることに気付きます。
その「何か」を模索しようとすることが、所謂遺伝的なものなのか、代々価値観を受け継いできた中で育まれた環境因子なのか、それはわかりません。
でも僕にとって、そうした模索する作業を、非常に特別で大切なことであると感じているのは、確かです。
話はかわりますが、僕は夜中に突然ある恐怖に襲われて「ガバッ」と起きることがあります。
突然目が覚めるわけではなく、なんとなく目が覚めてる状態で「いつか自分が死ぬ」ということを考えた時にそうなります。
どうなるのかまったくわからない恐怖に襲われるので、じっと布団の中にいてられなくなります。
でも、それはその時だけのことで、すぐに落ち着きます。幼いころ若い頃には、本当に頻繁にありました。
ところが、最近そういう気持ちが少し、落ち着いてきたような気がします。
このブログを書いた時からです。書いていて、なんとなくですが、「なぁ〜んだ」という気持ちになったんです。
それ以来、夜中突然恐怖に襲われてガバっと目覚めるのがないんじゃないかな。
また、あるかもしれませんので、「悟り」とか「目覚め」なんて言うたいそうなもんではないんですが、心に変化があったような気はします。
みんな(誰も彼も人間のみならず、生き物、もっと広げて、放射能のように嫌われている物質を含めた全ての物理的なもの)単なる、もっともっと大きな一部分にすぎなくて、離れたり引っ付いたりしてるだけなんだ。
僕の曽祖父と同じ臨済宗の「一休さん」こと一休宗純禅師の有名なエピソードとして、【洞山三頓の棒(どうざんさんとうのぼう)】という公案に対するする応えで、こういうのがあります。
【有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)へ帰る一休み(ひとやすみ)雨ふらば降れ 風ふかば吹け】
僕も大好きな言葉で、実はCafeJintaのサイトで登場してもらったりします。
人生なんて所詮夢、いろいろあるのも全て夢。死んでしまえば理解る、ただの夢なんだと。だけどね、夢とはいえ、その時に理解るわけもなく、良いことも悪いことも起こるし、起こることに抗うこともできるもんでもない。だからさ、いいじゃない、それで、地震災害にあうかもしれないし、幸運幸福で過ごすかもしれない。いずれにせよ、夢。
僕という存在が地球や宇宙の単なる一部分だと考えれば、今行きている僕の人生も瞬きするかのような一瞬の夢に過ぎない。
人生が一瞬の夢ならば、出会いは閃きだ。
もし閃きを捉えたなら、それはきっと素晴らしい夢なんだ。
この世の人のつながりとは、それほどまでに素晴らしい夢なんだ。